双極性障害で働く(前編_クローズ&セミクローズ)

私の初めての精神科への受診は23歳になります。新卒時代の過労により、睡眠や気分が優れない症状に苦しみました。病歴は今年で16年目になります。働いても上手くいかず、続かない状態を繰り返し、生きてきました。同じような境遇の方の情報共有として、試みた方策を記述していきます。

新卒時代

発病のきっかけ

つらい,男

都内の大学病院で医療事務の仕事をしていました。入社する難易度が高く、内定を得た時は両親がとても喜んだのを覚えています。なぜ最終面接まで進めたかと考えると、今と違い、健康であったことが考えられます。そして真面目に仕事に取り組むだけの資格取得も頑張りました。

医療機関は縦社会で、とても保守的な世界です。そしてレセプトという納期が激しい請求業務の他、自賠責保険請求と新卒には業務過多であり、苦しかったことを今でも覚えています。残業代も月に50時間までしか出ず、100時間以上残業して働いている私はサービス残業ばかりをしていました。

日常生活が狂いだす

狂う

「体がとても疲弊し、疲れ切っている」状態が当たり前でした。しかし、睡眠が上手くいかない状態が始まりました。具体的には入眠困難という症状が出ました。頭のスイッチを切ることができないという状態です。ある週、1週間で3回寝坊するということをやらかしてしまいました。眠気が強く、目覚まし時計を意識がないまま止めてしまいます。メンタルが病んでいるのだなと感じました。

医療機関に属している私でも、院内の精神科に受診することは抵抗がある時代でした。良くしてくださる内科医に相談をして、睡眠薬を服薬することを始めました。びっくりするくらい睡眠をとることができるようになりました。しかし、直ぐに耐性がつき、更に強い薬を要求すると「テイクさんは治療が必要です。メンタルが疲れ切っています。精神科に通院しましょう」と言われました。

この頃は何をしても楽しくなく、人間の欲が全て失われていました。恋人もいない状態になり、孤独を感じていました。そして、憂鬱な状態が常に生じるようになりました。「俺、うつ病じゃないかな?」と思うようになりました。そして近郊の心療内科に受診し、うつ病であることと、休職をするように言われました。

休職の不安

不安

今までは毎日働くことにより、良くも悪くもリズムを形成することができていました。しかし、仕事が無くなった途端、激しい不安に襲われました。今までの人間関係を今後は改善して、業務をしなければいけない、他の同世代はみんな頑張って働いているのに、私だけ最初でつまずいてこれから先はどのように生きていけばいいのだろう、睡眠を普通に行うことができないのであろうと、現実を悲観的に考える時間が増えました。

復職

リスタート

休んでいる時間に体を休めることしかしませんでした。特に取り組んだこともありませんでした。事務室のドアを開けることがとても怖い感覚を覚えました。私に対する同僚の接し方が、腫物を触るような感じになり、会社を辞めることにしました。

第二新卒(セミクローズ)

新しい仕事を始める

軽躁

体を治癒させることに専念し、睡眠こそ上手にいかないものの、メンタル状態は回復をしました。寧ろ、パワーがあり、何でもチャレンジできる感覚になりました。今なら理解できますが、これは双極性障害にいける「軽躁状態」です。

心機一転ということで、縁もゆかりもない関西の会社から内定を得ることができました。そして、エンジニアと私にとってスキルのない業種でした。最初は緊張しつつも、すぐに周りの方々と打ち解けることができました。

この時から根拠のない自己評価が上がり、何でもすることができる思慮を持ち始めました。仕事が終わった後はミナミに遊びに行き、性逸脱行為、ばかげた散財をするようになりました。また、睡眠をとらなくても生活ができるようになりました。

しかし、5か月で300万円の散財、無理をしてきた体は後に反動が来ます。メンタルのうつ状態が再発するようになりました。上司から、最近のパフォーマンスについて話すようになり、自身がうつ病があることをカミングアウトすることになりました。

病名が変わる

変わる

当初、うつ病ということで治療してきました。投薬もSNRIというタイプの抗うつ薬を使用していました。今までの薬はメンタルに悪影響があることが分かり、双極性障害という病名に代わりました。正直、自分が何者であるか理解ができる瞬間で、あまり落ち込まなかったのを覚えています。

学生時代から、少し変り者という扱いをされていました。(いじめとかは受けていないです)緊張する瞬間も他の人より多かったと思います。真面目であることを理解できてもいませんでした。

上司にうつ病を隠して入社したこと、病名が変わったことを伝えました。上司は優しかったことを覚えています。しかし、同僚との仕事の業務量が変わったことは居心地が悪かったです。上司は私への理解があるものの、同僚は状況を把握していません。セミクローズのはがゆい部分は自己都合を全ての同僚と共有できない部分です。今なら、病気であることを告げることに抵抗はありませんが、10年以上前はうつ病という疾患に対しての偏見は多かったです。

自分の立場、体調、周りへの迷惑に対して、罪悪感を感じ、退職することになりました。

今回は20代の発症、セミクローズでの所感を述べました。今は就労移行支援の発展から鑑みるに、障がいを抱えての選択肢は増えたのかなと感じます。

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