双極性障害で働く(後編_特例子会社編)

自身が置かれている状況を鑑みて、特例子会社に就職することができました。何を思い特例子会社に入社し、経験したことを綴っていきたいと思います。

合格するのは狭き門

パソコン,仕事

特例子会社に入るにあたり、様々な活動をしました。会社見学に行く、近郊地帯の特例子会社を全て調べる等、地道な活動を行いました。その中で気がついたことがあります。各々の会社が受け入れやすい障がいがあることを感じました。身体障がいの採用実績が強い企業、聴覚障害を中心に採用する企業と特色があるのだと感じました。

私が入社した会社を決めた理由としては、精神障がいの社員に対してもマネジメントポジションを与えることに魅力を感じました。

実際に入社する

ネクタイを結ぶ画像

一次面接、筆記、二次面接を通過して、内定を得ることができました。その際に「職場にいる同僚は発達障がいが激しいけど気にしないでください」と言われました。(以下その同僚をAさん)そんなこと言われて気にしない人はいないだろうと感じ、危機感を感じました。

親会社の管理部門と共に一緒に仕事をするスタンスでした。本当に「他の会社」という体裁で仕事をしていきます。派遣社員と変わらない感覚です。ただ、普通に仕事をしている状態は一般的な会社の形態と同じだと感じます。

イメージしていた特例子会社

スーツ姿の写真

精神障がいの方を中心に採用してきた企業なので、中途障がいの方を採用し、社会人経験が豊富だと感じていました。しかし、30歳を越えても就職経験がない方を多く採用してきた背景がありました。障がいを抱えて、配慮が前提に仕事というものが成立していることが当たり前という感覚を感じました。それでは親会社との関係性は距離が出てしまいます。

入社半年でマネジメントポジション

マネジメント

会社の意向ではなく、クライアントの希望で私がリーダーのポジションとして業務をしていきたいという意向により、マネジメントポジションに就くことになりました。親会社の方は私の病に対して興味があることは理解していました。なぜかというと「良い意味で普通で違和感がない」と言われました。それが双極性障害の特徴でもあります。また、社会に揉まれ、生きてきた経緯もあります。簡単に言うと「普通の人」のように感じたのだと思います。私の会社の問題点として、特例子会社と病気があることが分かり切っている状態で、自分のことを説明できる場がなかったと感じます。そこが原因でクライアントである親会社も仕事がしにくい負の連鎖が起きていたと感じます。

私は病気を提示した働き方なので、自身の病を伝えることは苦痛ではありませんでした。双極性障害であり、どのような病であるかを説明していくとにより、親会社との壁というものを取り除くことができたと思います。そしてそこから新しい仕事を生み出すことができたと感じました。

お昼ごはんは親会社、派遣、特例子会社と別れて食べていた光景があります。しかし、私は誰にでもお昼ごはんに行かないかと誘われるようになってきました。この瞬間、今まで経験してきたことは無駄ではなかったと感じました。今まで仕事で良くなかった部分も言いやすくなり、親会社が頼みやすくなったと言われました。

しかし、Aさんとの溝は埋まらないでいました。元々はAさんがリーダーであり、新人である私が上手く回してしまっていることは長年勤めているプライドを傷つけてしまっていると感じました。ただ、Aさんは「空気を読めない」言動により、親会社の方を怒られてしまうケースが多く、いつも叱られるのは私でした。Aさんに対して一生懸命に仕事をする姿勢がとても好きですが、Aさんからはとても嫌われていました。

会社で倒れこむ

つらい,男

他の事業所でいわゆる「問題児」と言われる先輩社員を受けいることになりました。マネジメントする人数が3人になりました。Aさんとは全く違うタイプですが、仕事を任せると必ず失敗してしまう方でした。「なんでこんなミスするんですか?」という仕事ぶりでした。しかし、プライドはものすごく高く仕事がしにくかったです。

親会社から怒られるのが仕事のようになり、かなり負担を感じるようになりました。頓服薬を服用するケースが多くなり、いつものように頓服薬を服用すると目が回り、立つことができなくなり、倒れこんでしまいました。姉に会社まで迎えに来てもらう状態になり、とても恥ずかしい思いをしました。

頑張りすぎた、シグナルを見落としていた

犬,疲労

本当に一生懸命に働いていたと思います。睡眠障害により眠ることができない、相談できる同僚がいない、体重は入社時は84kgと大柄だったのに58kgまで落ちてしまいました。かなり怒りっぽくなり、体重が大幅に減ることは私の経験上、躁状態です。周りの方に迷惑をかけ、眠ることができないことを自覚することができない状態です。躁状態って今になれば理解ができるものですが、その時は理解ができないものです。

これからを考える

メモ,机

マネジメント経験をしたいというのは目標でした。そして理解できたのは「セルフマネジメントをしっかりとできる人間になりたい」と感じました。既存の社会で双極性障害にマネジメント職の適性があるかどうか考えると、難しいのかなと感じます。

愚かな考えとして、「各障害に合致したマネジメント」と考えていましたが、これも誤りだと気がつきました。あくまでも「人」と接する中で、障がいに応じて管理するという区分するというのは良くない考え方だと改めました。元々、そのような括りで扱われることが嫌いなのに、包括的な管理を考えたことは過ちでした。

ただ、親会社の方に対して「気づき」を与えることはできたと思います。精神を患うことは難しいことではない、こちら側に来る可能性はあることは簡単なことであると伝えることができたをできたと思います。

これからの生き方として、気持ちよく眠り、頑張るときは頑張り、頑張れないときは休むという自分らしく、無理をしない生き方を目指しています。その中では社会保障制度、在宅ワークと何かに依存をしないでバランスよく取り入れていきたいと思っています。

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