自傷行為をしていた私からの、自傷行為についての見解。

女、精神疾患、仕事

こんにちは。ばななです。

本日はちょっぴり重いテーマです。

自傷行為

 

この言葉についてどう感じられますか?

かまってちゃん。気持ち悪い。可哀想アピール。うざい。

健常な方からするとそのような印象を持つ方が多いと思います。

中学生から自傷行為をしていた私が、一体どのような心理状態でリストカットをしていたのかを綴りたいとおもいます。

落ち込む

人間は、強いストレスを受けて極限状態にまで追い詰められると、なんらかの方法でそのストレスを行動化しないと心や人格が壊れてしまいます。

人によっては、非行や反社会的行為に逃避し、心の傷を刹那的に消化します。

ストレス、心の傷が、他者への攻撃となって現れるパターンですね。

そして、内向的で心優しい、他者を傷つけることのできないタイプの人は、どこに攻撃が向かうでしょうか?

そう、自分自身です。それがリストカットなどの自傷行為となります。

虐待

私は小学生の頃に家族から虐待を受けていました。

それ故に重い精神疾患を患うようになったのですが、激しい暴力や暴言、自殺を強要される日々に、世界が現実感を持って感じられなくなる離人感を常に抱えるようになり、自分が生きているのか死んでいるのかが全く分からなくなっていました。

離人感とは心の防衛機制の一つで、受け止められない辛い出来事が起きたとき、人は世界と自分の間に透明で大きな壁を作り、感情を感じないようにします。

生き延びるために、苦肉の策としての人間の防衛本能です。

猫

いつもいつも自分がどこにいるのか分からず、私は生きているのだろうか?死んでいるのだろうか?と現実感のない状態も、それはそれで快適とは言えず、怖いものです。

その、自分の存在に対する心許なさと共に、虐待や、虐待の記憶による苦しさがどうしようもなくなった時、まだ幼く、助けてくれる大人もいなかった私は、救いを求めることができず、カッターで自分の手首を何本も切っていました。

寝る

不思議なのですが、私はその時、心から安心を感じたのです。

あ、私、生きてる。ここにいる。大きな安堵感とともに、心の痛みに耐えられない中では、身体を傷つけ心の痛みを身体の痛みで上塗りしてごまかす。そういう方法があるんだな、と。誰にも迷惑をかけず、ひとりでここを生き抜くには、この自傷行為は私には必要なものだ、と感じていました。

死ぬためではない。生き抜くためのリストカット

死にたいと思ってリストカットをしたことはありません。

私は困難な状況の中、なんとか自身の精神状態を保って生き抜くために必死で、自傷行為に救いを見いだしていました。

好きでやっていたのではありません。そうしなければ生きられなかったのです。

いじめ、虐待、教師の体罰などで絶望的状況に置かれ、自力で逃げ出すことのできない子供達。彼らは、助けも知識も力もない中、ひとりぼっちで生き抜かなければなりません。

犬,疲労

その中で、自傷行為をしなければ生きていけなかった彼らの、その行為を責めることは、私にはできません。「やめなさい」と、その表面化した目に見えるだけの問題のみを無理矢理止めたところで、更に大きな問題になってしまうことは、経験者の私には明白なのです。

死ぬことを目的として自傷行為をする方もいらっしゃいますから、一概に言えることではありませんが、私のようなケースはとても多いと実感しています。

はさみ

どうか、自傷行為する人たちを責めないでくださるとありがたいです。

自傷した写真を公の場に出すということは良くはありませんが、この行為そのものは責めないであげて欲しいのです。

そして、そのような方法でなんとか、自分を保っていらっしゃる方へ。

私は決して責めません。それよりも、良くも今までひとりぼっちでここまで頑張ってきたと、敬意の気持ちを持ちます。自傷行為をやめろだなんて言いません。人に迷惑をかけず、なんとかひとりで生き抜こうとした証です。

ギターを弾く女

時がたって、心の傷が薄れたり、心の傷にかさぶたができてきたりしたら、自然とやめることができるようになります。

だからどうか、自傷行為をしてしまうご自分を責めないでください。

ひとりでも、ほんの少しでも、気持ちが楽になる人がいらっしゃいますように。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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